週刊店長情報 ボケる幸せ ボケない不幸 29 3 20
元美容師から化粧品の注文 この人は90歳近いです。一人でマンションに住んでいます。娘たちと自分の使う化粧品を当方から買っています。付き合いは30年以上になります。30年前は伏見で美容室をしていました。立ち退きを機会に廃業。引退してマンション生活に。美容室は伏見では有名でした。理由はご主人かお母さんが長年伏見の美容組合長だったからです。90歳近いですがボケていません。20歳くらい若く見えます。娘二人は東京と神戸に住んでいます。美容師の実家は学者の家系。京大教授とかです。娘は東大 孫も東大。娘のとこに行かないのか聞くと「東京の方は郊外で便利が悪い。家は広いのだが」「下の娘は神戸で便利がいいのだがマンションなので私のいる場所がない」と言う事らしい。今住んでいるマンションは便利がいいというか病院も近いです。伏見でも月桂冠(大倉酒造)本社事務所の前です。こういう人はまれです。日常生活が他人の手助けを借りずにできるのです。その反対がほとんどです。毎月1回特別養護老人ホームにフットマッサージのボランティアを続けています。ここではボケていない人もいますがボケている人もかなりいます。大部分の人はボケないように願っています。件の老婦人も「ボケないように頑張っている」と言います。ボケている人を見る機会がある当方はボケるのを悪いとは思っていません。ボケている人は「何もわからない」のです。恥だとか言う気持ちもなくなっています。普通の状態だと「あんな風になりたくない」と思っていてもボケてしまえばそういう思いはなくなってしまいます。ボケて困るのは周りの人です。正常時は「周りの人に迷惑をかけたくない」ですがボケてしまえばそういう感覚もなくなってしまうのです。ひょっとして「極楽」世界かも知れないのです。当方の一番弟子もボケてしまいました。きっかけは脳梗塞です。退院してから「少し変だなぁ」と思っていました。これがきっかけで僕が訪問しても娘がガードして会うことが出来なくなりました。ご主人がいた時は何とか会うことが出来ました。ご主人も90歳近かったです。しかもよぼよぼ。よぼよぼ爺さんと半身麻痺の80歳の婆さんの二人暮らしでした。これが今後の日本のあちこちにみられる風景になりそうです。家は立派。門から玄関まで数メートルの階段。二階は素晴らしい眺めが。吉田神社の山のてっぺんに家があるのです。ここだと大文字も見えます。しかしよぼよぼと半身麻痺では二階に上がれません。外出は大変です。玄関から門までが大変。車いすでは階段をおりられません。介護が必要です。路地なのでタクシーが横付けできません。タクシーは20メートル先しかいけません。日常生活で台所に行くのは二人とも大変。台所の隣にある小さい部屋にあるテーブルの前にテレビを置いてその前に椅子を置いて二人で一日中座っている生活を続けていました。半身麻痺の婆さんをよぼよぼ爺さんが世話をしていたのです。ボケている婆さんはいたって元気と言いたいところですが元気なのは口。昔の事を何回も同じことを言っているのです。ボケていないときは爺さんに毎日怒鳴りつけられていたのです。爺さんは怒りんぼう。「じゃかましい」とか「もう判った」とか相槌を打っていたのでしょう。この爺さんが病院に入ることに。病院では看護婦泣かせ。「飯が気に入らん」とか「処置が悪い」とか大変な状態。「うちに帰りたい」となり家に戻ることに。ボケていればこういう事にはなりません。きっと「いい塩梅です」となるでしよう。退院しても大変。結局娘が常駐することに。老人ホームでボケていない老人でひどい人がいました。ボランティアの初期のころホールで僕たちがフットマッサージを始めるとテレビの音声のボリュームを最大限にしたのです。嫌がらせは数年続きました。話が出来たことから解消。この爺さんはいつも「腰が痛い」と言っていました。一日中痛いらしいのです。夜中もうずいて寝られないとか。全くボケていません。ベッドに横になっても痛いので椅子でじっとしていたのです。この爺さん早稲田大学で剣道4段だと言っていました。こういう人達をいろいろ見ているとボケている人は幸せ ボケない人の方が不幸だと思えてなりません。